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2010年01月08日

漢詩(27)-杜牧(3)-阿房宮賦(2)

 
 清 袁耀 阿房宫图 広州美術館蔵

 (旧暦 11月24日)
  
 漢詩(36)-杜牧(2)-阿房宮賦(1)のつづき

 妃嬪媵嬙、王子皇孫、辭樓下殿、輦來於秦。朝歌夜絃、為秦宮人。明星熒熒、開妝鏡也。綠雲擾擾、梳曉鬟也。渭流漲膩、棄脂水也。煙斜霧橫、焚椒蘭也。雷霆乍驚、宮車過也。轆轆遠聽、杳不知其所之也。一肌一容、盡態極姘。縵立遠視、而望幸焉。有不得見者、三十六年。
  
 妃嬪(ひひん)媵嬙(ようしゃう:女官)、王子皇孫、樓を辭し殿を下りて、輦(れん、輦車に乗る)して秦に來(きた)る。朝(あした)に歌ひ夜に絃して、秦の宮人と為れり。明星の熒熒(けいけい)たるは、妝鏡(化粧の鏡)を開く也。綠雲(宮女たちの豊かな黒髪)の擾擾(ぜうぜう:やわらかなさま)たるは、曉鬟(げうかん:寝起きの乱れ髪)を梳(くしけず)る也。渭流の膩(あぶら)を漲(みなぎ)らすは、脂水を棄つる也。煙斜めに霧橫たはるは、椒蘭(せうらん:香りの良い焚き物)を焚く也。雷霆(らいてい) 乍(たちま)ち驚くは、宮車の過ぐる也。轆轆(ろくろく:ごろごろ)として遠く聽き、杳(やう)として其の之(ゆ)く所を知らざる也。一肌(き)一容、態(たい:媚態)を盡くし姘(けん:美しさ)を極め、縵(ひさ)しく立ち遠くを視て、幸(みゆき:寵愛)を望む。見(まみ)ゆるを得ざる者有り、三十六年。

 六國(中国戦国時代末期の齊、楚、燕、韓、魏、趙の六国)の宮廷にいた后妃や女官(嬪、媵、嬙)たち、六王の王子や皇孫たちは、それぞれの国の王宮に別れを告げ、輦車に乗せられて秦の都にやってきた。そして朝晩、歌をうたい琴を奏でて、秦の宮中に奉仕する身となった。
 明るい星が瞬くように見えるのは、宮女たちが化粧のために鏡の蓋を開けたもの。
 黒い雲が群がり起こるように見えるのは、寝起きの乱れ髪を解かしているため。
 清らかな渭水の水面に、ねっとりした脂が浮かび漂うのは、化粧の水を棄てたもの。
 煙が流れ霧がたなびくように見えるのは、椒(はじかみ)や蘭(ふじばかま)の香を焚いたため。
 雷鳴が突然とどろくのは、皇帝の御車が通りゆく音。ごろごろと次第に遠ざかり、何処にか消えていく。
 宮女たちは、肌から身のこなしに到るまで、ありとあらゆる媚態を表し、美しさを窮め尽くして、いつまでも立ちつくし、遠くを眺めて、皇帝の訪れを待ち望む。
 しかしそれでも、お目通りのかなわない者がいて、三十六年間にも及んだ。


 燕、趙之收藏、韓、魏之經營、齊、楚之精英、幾世幾年、剽掠其人、倚疊如山。一旦不能有、輸來其閒。鼎鐺玉石、金塊珠礫、棄擲邐迤。秦人視之、亦不甚惜。
 嗟乎、一人之心、千萬人之心也。秦愛紛奢、人亦念其家。奈何取之盡錙銖、用之如泥沙。使負棟之柱、多於南畝之農夫、架梁之椽、多於機上之工女、釘頭磷磷、多於在庾之粟粒、瓦縫參差、多於周身之帛縷、直欄橫檻、多於九土之城郭、管絃嘔啞、多於市人之言語。使天下之人、不敢言而敢怒。獨夫之心、日益驕固。戍卒叫、函谷舉。楚人一炬、可憐焦土。


  燕、趙之收藏(財宝)、韓、魏之經營(宝物)、齊、楚之精英(選りすぐりの品々)、幾世幾年にして、其の人(たみ)より剽掠(へうりゃく:劫奪)し、倚疊(いでふ:もたせかけ、積み重ねる)して山の如し 。一旦有する能はず、其の閒に輸(いた)し來(きた)る。鼎は鐺(なべ) 玉は石、金は塊(つちくれ) 珠(たま)は礫、棄擲(きてき:棄てる)して邐迤(りい:綿々と連なる)たり。秦人(ひと)之を視るも、亦た甚だしくは惜しまず。

  嗟乎、一人(にん)之心は、千萬人之心也。秦 紛奢(豪華・奢侈)を愛せば、人(たみ)も亦た其の家を念(おも)ふ。奈何ぞ之を取ること錙銖(ししゅ:微量)を盡くして、之を用うること泥沙の如くする。棟(むなぎ)を負ふ之柱をして、南畝(農地)之農夫よりも多く、梁(はり)を架くる之椽(たるき)をして、機上之工女よりも多く、釘頭の磷磷たるをして、 庾(くら)に在る之粟粒よりも多く、瓦縫(がほう:瓦の継ぎ目)の參差(しんし:入り乱れて交錯する)たるをして、周身(全身)之帛縷(はくる:絹の糸筋)よりも多く、直欄橫檻(縦横に連なる手摺り)をして、九土(中国全土)之城郭よりも多く、管絃(音楽)の嘔啞(おうあ:乱雑で騒々しい)たるをして、市人(しじん:市に集まる人)之言語よりも多からしむ。天下之人をして、敢へて言はずして敢へて怒らしむ。獨夫(民心を失った暴君)之心は、日に益(ます)ます驕固(けうこ:驕り頑な)なり。戍卒(じゅそつ:辺境を守る兵卒)叫んで函谷舉がる(函谷関が陥落する)。楚人の一炬に、憐れむ可し焦土たり。


 燕や趙が集め貯えた財宝、韓や魏が探し求めた宝物、齊や楚の選りすぐりの品々は、何代もの間、その人民から奪い取って山のように積み重ねていた。
 ところが突然、国が滅んで保有できなくなり、阿房宮に運ばれることになった。かくして宝物の鼎は鐺(なべ)同然、美しい玉は石ころ同然、黄金は土くれ同然、真珠は小石同然に見なされ、道ばたに棄てられたものが綿々と連なった。秦の人々はこの有様を見ても、甚だしくは惜しいと思わなかった。

 ああ、天子一人の心は、何千何万もの人々の心に深い影響を与える。秦の皇帝が豪奢な暮らしを好めば、人々もまた自分の家を愛して豊にしたいと願う。それなのに、どうしてごくわずかな物までも搾り取って、それを泥や沙のように惜しみなく浪費したのであろうか。
 
 阿房宮の棟木を背負う柱の数は、田畑で働く農夫よりも多く、梁に渡した垂木の数は、機織りをする女性よりも多く、無数にきらめく釘の頭数は、倉庫に貯える穀物の粒よりも多い。
 複雑に入り組んだ屋根瓦の合わせ目の線は、身にまとう衣服の絹の糸筋の数よりも多く、縦横に連なる手摺りの数は、中国全土に築かれた城郭よりも多く、かまびすしい管弦の響きは、市場に集う人々の話し声よりも大きい。
 しかも天下の人々を抑圧して、批判を口に出す勇気はなくとも、心の中では怒らせたのだ。

 民心を失った暴君始皇帝の心は、日ごとに驕り高ぶってかたくなになっていった。
 やがて辺境警備の兵が叛乱の叫び声をあげ、続いて函谷関の守りが破れた。

 そして楚の人項羽が放った一本の炬火(たいまつ)で、惜しいことに広大な宮殿は一面の焼け野原に変わってしまった。
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Posted by 嘉穂のフーケモン at 22:18Comments(0)漢詩