歳時記(18)-春(4)-西風(Zephyr) 

嘉穂のフーケモン

2009年04月07日 21:10

 
 Zephyrus, the Greek god of the west wind and the goddess Chloris, from a 1875 engravingby William-Adolphe Bouguereau by Wikipedia.

 (旧暦  3月12日)

 放哉忌  自然のリズムを尊重した無季自由律俳句を提唱した荻原井泉水(1884~1976)門下で、種田山頭火(1882~1940)と並び称された漂泊の俳人尾崎放哉(ほうさい)の大正15年(1926)の忌日。
 第一高等学校、東京帝国大学法学部を卒業し通信社、生命保険会社に就職するも、周囲との軋轢や酒癖による失敗で実社会から脱落し、大正12年(1923)に京都の一燈園で托鉢生活に入る。その後京都、須磨、小浜の寺々の寺男となり転々とする間、膨大な俳句を詠み才能を開花させた。
  
  咳をしても一人
  墓の裏に廻る
  いれものがない両手でうける
  考えごとをしている田螺が歩いている
  春の山の後ろから煙が出だした (辞世)


 放哉の俳句は、「静のなかに無常観と諧謔性、そして洒脱味に裏打ちされた俳句を作った」とも評されているが、肋膜炎を煩い、孤独の中に発する「咳をしても一人」という句などは、その研ぎ澄まされた感性に圧倒される。しかしながら、私「嘉穂のフーケモン」には文学としてならば理解できうるが、俳句としてはいかがなものかとも思える。

 Lo! where the rosy-bosomed Hours,     見よ、美しいヴィーナスの従者、
 Fair Venus' train, appear,            バラ色の胸の「時」の女神たち現れて、
 Disclose the long-expecting flowers,     長く待ちかねた花を開かせ、
 And wake the purple year!           深紅の「歳」をめざますところを。
 The Attic warbler pours her throat,       アティカの鳴き鳥は声をかぎりに
 Responsive to the cuckoo's note,       カッコウの鳴き声に答えて
 The untaught harmony of spring:       春の教えられぬ調べをかなでる
 While, whisp'ring pleasure as they fly,   また、飛びながら喜びをささやき
 Cool Zephyrs thro' the clear blue sky    涼しい西風の神ゼフィラスは澄んだ青空に
 Their gathered fragrance fling.        集めてきた香気を投げつける。
  ‘Ode on the Spring’ - a poem by Thomas Gray 嘉穂のフーケモン拙訳


  Zephyr[zéfə]は、west wind の詩語でギリシア語のΖέφυρος(Zephyros)が原語です。ギリシア神話のZephyr[zéfə]は、巨大な体を持ち、オリュンポスの神々に先行する古の神々であるティタン神族の一人 Astraeusと暁の女神 Eos(Aurora)の子で、花の神Chlories(Flora)の愛人、その息吹で花を咲かせ、果実をもたらすと伝えられていて、若い男の姿で現され、背中に翼をつけ、頭は様々な花で飾られています。

 古代ギリシアでは、西風は穏やかで良い風とされ、しばしば冬を運んでくる冷たく厳しい北風の神であるボレアス(Βορέας, Boreas)と比較されました。
 また、イギリスでは、西風と云えば春の軟風です。西風は、メキシコ湾流(Gulf Stream)の流れる大西洋の波の上を吹き抜けてくる風で、暖気と水分を含んで柔らかく感じられると云うことです。
 イギリスロマン派の詩人パーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley, 1792~1822)は、1818年に訪れたイタリアのフィレンツェ(Firenze)での秋の烈しい西風をうたった‘Ode to the West Wind’(西風に寄せる歌)の中で、春の西風を、‘ Thine azure sister of the Spring’(おまえの水色の妹の「春風」)と呼んでいます。

 O WILD WEST WIND, thou breath of Autumn's being,
 Thou, from whose unseen presence the leaves dead
 Are driven, like ghosts from an enchanter fleeing,

 おお、奔放な「西風」よ、「秋」を証しする息吹よ、
 おまえ、その目に見えない存在から枯葉が
 吹き立てられ、魔法使いから逃れる亡霊のように  


 Yellow, and black, and pale, and hectic red,
 Pestilence-stricken multitudes : O thou,
 Who chariotest to thier dark wintry bed

 黄に、黒に、白茶けた色に、熱病やみの赤に
 染まって飛ぶさまは、疫病に取りつかれた群衆さながらだ。
 おまえ、暗い冬の床へと翼ある種子を運び


 The wingèd seeds, where they lie cold and low,
 Each like a corpse within its grave, until
 Thine azure sister of the Spring shall blow

 そこに冷たく生気なく横たえる者よ、種たちは
 そこで墓の中の屍体のように冬を越し、
 やがておまえの水色の妹の「春風」がそのラッパを

 Her clarion o'er the dreaming earth, and fill
 (Driving sweet buds like flocks to feed in air)
 With living hues and odours plain and hill :

 まだ夢みる大地に吹き鳴らし
 (かわいい蕾を羊の群れのようにせかせて空気を食べさせ)
 野山を生きいきとした色と香りで満たすのだ。


 Wild Spirit, which art moving everywhere ;
 Destroyer and preserver ; hear, oh, hear !

 どこにでも翔けて行く奔放な「霊」よ、
 破壊者にして保存者よ、聞け、おお、聞け。
 [上島建吉訳]

 さらに古くはイギリスの詩人ジョン・ミルトン(John Milton, 1608~1674)が、仮面劇「コーマス」の中で、香しい西風を次のように描いています。

 Along the crisped shades and bowers        木の葉のそよぐ木陰やあずまやに
 Revels the spruce and jocond Spring,         こぎれいで陽気な「春」が浮かれ騒ぐ。
 The Graces, and the rosie-boosom'd Howres,   三美神とバラ色の胸の「時」の女神は、
 Thither all their bounties bring,             そこへあらゆる贈り物をもたらし、
 That there eternal Summer dwels,           そこに永遠の「夏」が住みつき、
 And West winds with musky wing            西風は麝香の翼で
 About the cedar'n alleys fling               スギの木立を吹き抜けて
 Nard, and Cassia's balmy smels.            ナルドやカシヤの香りが漂う
    -Comus, 984-991 仮面劇「コーマス」 嘉穂のフーケモン拙訳

 
 板橋村の石神井川沿いの桜も、満開となりました。
 ぽかぽか陽気で、春宵の散策も良いものですね。
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