日本(36)-旧帝国陸海軍の核兵器開発(8)

嘉穂のフーケモン

2009年03月27日 22:38

 

 (旧暦  3月 1日)

 赤彦忌 歌人島木赤彦の大正15年(1926)の忌日。長野県尋常師範学校を卒業して教職の傍ら短歌を作り、正岡子規の歌集に魅せられて、伊藤左千夫に師事。左千夫の死後、齋藤茂吉に代わって短歌雑誌「アララギ」編集兼発行人となり、写生短歌を追求して独特の歌風を確立した。

  みづうみの氷は解けてなほ寒し 三日月の影波にうつろふ  『太嘘集』
  信濃路はいつ春ならん夕づく日 入りてしまらく黄なる空のいろ 『柿蔭集』


 日本(35)-旧帝国陸海軍の核兵器開発(7)のつづき

 1939年1月初旬、旧知のハンガリー出身のユダヤ系物理学者ユージン・ポール・ウィグナー (Eugene Paul Wigner,1902~1995)をプリンストンに訪ねたシラードは、ウィグナーからドイツのオットー・ハーンとフリッツ・シュトラースマンが行った中性子照射によるウラニウムの核分裂反応の発見を知らされます。

 このことは、大正3年(1914)に発表されたイギリスのSF作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866~1946)の空想科学小説〝The World Set Free〝「邦題 解放された世界」に描かれた、原子核反応による強力な爆弾を使用した世界戦争の危惧を現実ならしめるものであり、シラードはこのウランの核分裂過程における中性子の放出と核分裂連鎖反応の可能性をナチス・ドイツに知られることを強く懸念しました。

 1939年3月3日、友人から借りたお金で入手した高価な1gのラジウムとかねてから製作を依頼してあったベリリウムの塊とを持ってコロンビア大学のウォルター・ジン博士(Walter Henry Zinn,1906~2000)のもとを訪れたシラードは、(Ra+Be)中性子源によりウラン片を照射し、ウォルター・ジン博士の作った電離箱を使って、高速中性子の検出を行う実験を行い成功しています。

 その後、イタリアから亡命し、数週間前からコロンビア大学の物理学教授となっていたエンリコ・フェルミ(Enrico Fermi、1901~1954)の実験からも、高速二次中性子が放出されることが確認されました。

 シラードはこの結果を公表しないように主張しましたが、同じ時期、フランスのコレージュ・ド・フランス(Collège de France)の核化学研究室(Lab. de Chimie Nucléaire)の教授であるジャン・フレデリック・ジョリオ=キュリー(Jean Frédéric Joliot-Curie、1900~1958)とその共同研究者が、Nature 誌にノートを送り、ウランの核分裂で中性子が放出されることを発見したと報告し、かつこれが核分裂連鎖反応に至る可能性を示唆していました。

 結局、フェルミの公表見合わせは無意味だという意見やコロンビア大学の物理学科長ジョージ・B・ペグラム教授(George B. Pegram)の判断により、結果は公表されることとなりました。
 このころ、シラードやウィグナーは、ベルギーがコンゴで採掘している大量のウラニウムをナチス・ドイツが入手すれば大変な事態になることを心配していました。
 そして、アインシュタインがベルギー女王をよく知っていることを思い出し、ベルギー政府がナチス・ドイツにウラニウムを売らないようにするため、ウィグナーに一緒にアインシュタインを訪ねて事態を説明した上で、女王に手紙を書いてもらうように頼むことを提案しました。

 しかし、彼等が直接外国政府と接触することはアメリカ国務省の反発を招くということを懸念したシラードらは、同じくアメリカに亡命していたグスタフ・ストルパー博士に相談し、同博士からアメリカ政府へのコンタクトの仕方をアドバイスしてくれると思うとアレクサンダー・ザックス博士(Alexander Sachs、1893~1973)を紹介されます。
 アレクサンダー・ザックス博士は、レーマン・コーポレーションの経済顧問で、以前ニュー・ディール政策のために働いた経歴をもち、彼等にアインシュタインが手紙を書けば直接大統領へ手渡すことを約束しました。

 こうして、シラードが用意した2種類の草案を、アインシュタインが選択して署名した手紙が1939年 8 月にホワイト・ハウスへ届けられました。
 この手紙では、
 (1)  核分裂連鎖反応が近い将来実現されるであろうこと
 (2)  それが強力な爆弾となり得ることを指摘した上で、アメリカ政府の核エネルギーへの関心の喚起と当面の研究資金の支援を訴え
 (3)  さらに核エネルギーの研究がすでにドイツの政府レベルで行われていることを示唆させる事実を指摘

 していました。


 このアインシュタインの手紙に関しては、名古屋大学名誉教授の故伏見康治先生(1909~2008)の訳が残されています。
  『シラードの証言』 みすず書房、1982年 (His Vision of the Facts)

 伏見先生は、昭和8年(1933)東京帝国大学理学部物理学科を卒業すると同大学の助手として残りましたが、翌年新設間もない大阪帝国大学理学部物理学教室に移り、昭和15年(1940)には教授に昇進、同年、量子統計力学の密度行列に関する論文により理学博士の学位を取得されています。

 戦後伏見先生は、日本における独自の原子力研究の重要性を認識し、それを平和利用に限るとして、東大の茅誠司先生とともに「自主、民主、公開」の原子力三原則を起草して提唱しています。

 また伏見先生は、当時としては機密保持のため、まとまった説明書がなかった原子炉理論に関する技術書を大阪大学の教え子であった電源開発の大塚益比古氏とともに翻訳して日本に紹介しています。
 それが、グラストン=エドランドの 『原子爐の理論』(The Elements of Nuclear Reactor Thory) で、この本は、オーク・リッジ原子炉技術学校(Oak Ridge School of Reactor Technology)でM.C.Edlundがおこなった講義をもとに作成されています。

 なお余談ではありますが、不肖、私「嘉穂のフーケモン」も若き日の農学校時代、この本にお世話になっております。

 

 さて、1939年、アインシュタインが当時の合衆国大統領F・D・ルーズベルトに宛てた手紙は、次のような内容のものでした。

 Sir:
 Some recent work by E. Fermi and L. Szilard, which has been communicated to me in manuscript, leads me to expect that the element uranium may be turned into a new and important source of energy in the immediate future. Certain aspects of the situation which has arisen seem to call for watchfulness and if necessary, quick action on the part of the Administration. I believe therefore that it is my duty to bring to your attention the following facts and recommendations.


 閣下
 E・フェルミとL・シラードが最近行った研究が原稿のまま私の所へ送られてきましたが、これは私に、近い将来ウラン元素が新しく、かつ重要なエネルギー源になるかもしれないとの期待を抱かせるものです。新しく生じたこの事態のある側面は、注意深くその推移を見守るべきもので、また必要となれば政府側が敏速な行動を起こすべきものと思えます。それ故、閣下に以下に述べる事実および勧告に関心を持っていただくことが私の務めだと信じます。

 In the course of the last four months it has been made probable through the work of Joliot in France as well as Fermi and Szilard in America--that it may be possible to set up a nuclear chain reaction in a large mass of uranium, by which vast amounts of power and large quantities of new radium-like elements would be generated. Now it appears almost certain that this could be achieved in the immediate future.

 ここ4ヶ月の経過の中で、アメリカにおけるフェルミとシラードの研究およびフランスでのジョリオの研究を通じて、大量のウラニウム中での核連鎖反応-これによって莫大な力と大量のラジウムに似た元素が生まれるでしょう-を引き起こす可能性が有望になってきました。これは今ではほぼ間違いなく近い将来成し遂げられると思われるものになっています。

 This new phenomenon would also lead to the construction of bombs, and it is conceivable--though much less certain--that extremely powerful bombs of this type may thus be constructed. A single bomb of this type, carried by boat and exploded in a port, might very well destroy the whole port together with some of the surrounding territory. However, such bombs might very well prove too heavy for transportion by air.
 

 この新しい現象はまた、爆弾の製造にも通じるでしょう。しかも、非常に強力な新型爆弾が作られることも考えられます。-これはあまり確実ではありませんが、この爆弾を船で運び港で爆発させれば、一つで周囲の地域もろとも港をそっくり破壊し尽くしてしまうかもしれません。ただ、飛行機で輸送するには重すぎることがはっきりするかもしれません。

 The United States has only very poor ores of uranium in moderate quantities. There is some good ore in Canada and former Czechoslovakia, while the most important source of uranium is in the Belgian Congo.
 
 合衆国では、ウラニウムは最貧鉱がいくらか産出するだけです。カナダや以前のチェコスロバキアには良い鉱石がいくらかありますが、最も重要なウラニウム産地はベルギー領コンゴにあります。

 In view of this situation you may think it desirable to have some permanent contact maintained between the Administration and the group of physicists working on chain reactions in America. One possible way of achieving this might be for you to entrust the task with a person who has your confidence and who could perhaps serve in an unofficial capacity. His task might comprise the following:
 
 このような事態を考えると、政府とアメリカで連鎖反応に関する研究にたずさわる物理学者たちとの間で何らかの恒常的な接触を持つのが望ましいとお考えになるでしょう。これを実現する一つの可能な方法として、閣下が信頼をおけて、なおかつおそらく非公式な立場で働ける人物にこの仕事を任せるやり方が考えられます。仕事の内容は、次に掲げるようなものです。

 a) to approach Government Departments, keep them informed of the further development, and put forward recommendations for Government action, giving particular attention to the problem of securing a supply of uranium ore for the United States.
 

 a) 政府官庁に働きかけて、これから先の技術開発について常に情報を伝え、政府の施策に対する勧告を行い、合衆国へのウラニウム鉱石供給を確保する問題に特別な注意を払う。

 b) to speed up the experimental work, which is at present being carried on within the limits of the budgets of University laboratories, by providing funds, if such funds be required, through his contacts with private persons who are willing to make contributions for this cause, and perhaps also by obtaining co-operation of industrial laboratories which have necessary equipment.
 
 b) 必要なら資金を提供して、現在、大学の研究室の予算の限度内で行われている実験研究のスピード化を図る。その資金は、この事業に対して快く寄付をしてくれる個人との接触を通じて、また、おそらく必要な設備を所有している企業研究所の協力を得ることによりまかなう。.

 I understand that Germany has actually stopped the sale of uranium from the Czechoslovakian mines which she has taken over. That she should have taken such early action might perhaps be understood on the ground that the son of the German Under-Secretary of State, von Weizsacker, is attached to the Kaiser-Wilhelm Institute in Berlin, where some of the American work on uranium is now being repeated.
 
 私が聞き及ぶところでは、ドイツは接収したチェコスロバキアの鉱山から採掘されるウラニウムの販売を現実に停止しています。ドイツが早々とこのような行動を取るのは、おそらくドイツ国務次官フォン・ワイツェッカーの子息が、ベルリンにあるカイザー・ウィルヘルム研究所に所属していることにより了解できます。そこでアメリカにおけるウラニウム研究のいくつかが現在追試されています。

 さあ、次はいよいよ「マンハッタン計画」に入ります。
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