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2010年11月04日

北東アジア(37)-瀟湘八景

 北東アジア(37)-瀟湘八景
 漁村夕照図  伝・牧谿筆 (国宝 根津美術館蔵)

 (旧暦  9月28日)

 度支(たくし)員外郎、宋迪(そうてき)は畫(画)に工(たくみ)なり。尤(もつと)も平遠山水を善くす。其の意を得たる者に平沙雁落、遠浦帆歸、山市晴嵐、江天暮雪、洞庭秋月、瀟湘夜雨、煙寺晚鐘、漁村落照有り。之を八景と謂ふ。好事の者多く之を傳ふ。
 
 往歳、小窰村の陳用之、畫(画)を善くす。迪(てき)、其の畫(画)、山水を見て、用之に謂ひて日く、
 「汝は畫(画)、信(まこと)に工(たくみ)なり、但、天の趣少し。」
 用之其の言に深く伏して日く、
 「常に其の古人の者に及ばざるを患(うれ)ふ、正に此に在り。」 

 迪、日く、
 「此(これ)は難(かた)からず。汝先ず當(まさ)に一つの敗牆(壊れた土塀)を求め、絹素を訖(ことごとく)張り、之を敗牆(壊れた土塀)の上に倚(よ)りて、朝夕之を觀よ。之を觀ること既に久しく、素を隔て敗牆(壊れた土塀)の上に高平曲折を見るは、皆、山水の象と成る。
 心を目に存して想はば、高き者は山と為り、下の者は水と為り、坎(あな)は谷と為り、缺ける者は澗(かん、谷川)と為り、顯(あきら)かなる者は近と為り、晦(くら)き者は遠と為る。
 神領を意(こころ)に造り、避免(避ける)して然も其の人禽(人や鳥)、草木の飛動往來、這象の有るを見る。瞭然として目に在り。則ち意に隨ひて筆に命じ、默して以て神に會ふ。自然と境(画境)は皆天に就き、人の爲(い、行い)に類せず、是を活筆と謂ふ。」

 用之此れ自(よ)り畫格進む。

 『夢溪筆談卷十七 書畫』 嘉穂のフーケモン 拙訳


 北宋(960〜1127)の文人画家で度支(たくし)員外郎(正七品官の寄禄官)という官職にあった宋迪は絵がたくみで、とりわけ平遠山水(中国山水画の遠近法の様式の一つで、前景、中景、遠景の比率を大きくして、丘陵や平原の広さ、奥深さを強調しようとする構図)に秀でていた。その得意とするものに、
 平沙雁落、遠浦帆歸、山市晴嵐、江天暮雪
 洞庭秋月、瀟湘夜雨、烟寺晩鐘、漁村夕照
があって、これを八景といった。好事家は、多くこれを伝えている。
 
 何年か前のこと、小窰村の陳用之【第4代皇帝仁宗の天聖年間(1023〜1031)に画院祗候に任ぜられ、小窰鎮に住んでいた】は絵をよくした。
 迪はその山水画を見て用之に言った。
 「おまえの画は確かにたくみだ。ただ、自然の趣が欠けている。」
 用之はその言葉に深くひれ伏して言った。
 「常々古人に及ばないと悩んでいる点は、正にそこなのです。」
 
 迪は言った、
 「これは別に難しくはない。おまえはまず崩れた墻(ついじ)を探し、白絹を張ってそれにもたれかけさせ、朝な夕なに見つめるのだ。
 長い間見つめていると、白絹ごしに眺めた崩れた墻(ついじ)の上の高低曲折が、すっかり山水のかたちになる。

 高いところが山、低いところが水、落ちくぼんだところが谷、削れたところが澗(たにがわ)、はっきりしたところは近景、ぼんやりしたところは遠景と、心と目でしっかり覚え込むのだ。

 心の琴線に感じとり、人間や動物、草木がはっきりとあらわれ、しかと目に写ったならば、意のままに筆を走らせる。深く精神で会得すれば、自然に画境はすべて天の働きに近づき、人間業でなくなる。これを活筆というのだ。」

 用之はこののち、画の格調が日ましに上がった。
 『夢溪筆談』 全二十六巻は、北宋中期の政治家沈括(しんかつ、1031〜1095)が著した雑記集で、中国の科学技術史の上でも重要な文献とされています。
 沈括は、第4代皇帝仁宗の嘉祐年間(1056〜1063)に進士に及第し、天文・方志(地方史志)・律暦・音楽・医薬・卜算(卜算子:詞牌のひとつ、双調。四十四字)などに優れていました。

 『夢溪筆談卷十七 書畫』に記されている北宋(960〜1127)の文人画家宋迪(生没年不詳)が任命された度支(たくし)という官職は、徴収した税のうち、省(地方政府)の取り分と中央政府へ発送する分及び功労に対する賞与や官吏の給与に関わる経費について処理する官職で、尚書(長官)、侍郎(次官)、郎中、員外郎(員外散騎侍郎)、主事という階級に分かれていました。

 さて、宋迪が得意とした八つの風景は『瀟湘八景(Xiaoxiang Bajing)』と呼ばれ、中国湖南省湘江流域の八つの名勝を指しています。ここで『瀟湘(Xiaoxiang)』とは、瀟水と湘江と呼ばれる川が合流して洞庭湖に注ぐあたりを云います。

1. 平沙雁落  The wild geese coming home in Yongzhou(永州)  衡陽市回雁峰
2. 遠浦帆歸  The sailing ship returning home in Xiangyin(湘陰), in the north  湘陰縣縣城湘江辺
3. 山市晴嵐  The temple in the mountain , in Xiangtan(湘潭) 湘潭市昭山
4. 江天暮雪  The snow in the evening , on the Xiang River(湘江)in Changsha(長沙) 長沙市橘子洲
5. 洞庭秋月  The moon in autumn on Dongting Lake(洞庭湖)岳陽市岳陽樓
6. 瀟湘夜雨  The rain at night on the Xiao River(瀟水), in the south 永州市蘋島瀟湘亭
7. 煙寺晚鐘  The evening gong at Qingliang Temple (清涼寺), in Hengyang(衝陽) 衡山縣清涼寺
8. 漁村落照  The fishing village in the evening glow , in Taoyuan County(桃源縣) 桃源縣武陵溪


 北東アジア(37)-瀟湘八景
 煙寺晩鐘図  伝・牧谿筆 (国宝 畠山記念館)
  
 この北宋の宋迪以降、数多くの画家が『瀟湘八景』を画題として描いていますが、13世紀後半の宋末元初の僧牧谿(生没年不詳)が描いた《瀟湘八景図巻》は、日宋貿易によって日本にもたらされ、三代将軍足利義満(1356~1408)に愛蔵されました。
 
 しかし、義満は《瀟湘八景図巻》の大軸巻子を軸装に分断し、現在、その軸装の所在は以下のようになっているようです。
 
1. 瀟湘夜雨図 (所在不明)

2. 煙寺晩鐘図 畠山記念館 (国宝)
3. 山市晴嵐図 (所在不明)

4. 漁村夕照図 根津美術館
 (国宝)
5. 遠浦帰帆図 京都国立博物館 (重文)
6. 
洞庭秋月図 (所在不明)

7. 平沙落雁図 出光美術館
 (重文)
8. 江天暮雪図 (所在不明)


 北東アジア(37)-瀟湘八景
 紙本墨画瀟湘臥遊図 東京国立博物館蔵 (国宝)
 Part of the imaginary tour through Xiao-xiang by Li from the 12th century. Scroll, 30.3 cm x 400.4 cm. Ink on paper. Located at the Tokyo National Museum.

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Posted by 嘉穂のフーケモン at 21:00│Comments(0)歴史/北東アジア
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