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2008年11月03日

北東アジア(31)-奉天討胡檄(1)

 

 Extent of Taiping control in 1854 (in red).
 太平天国の主要支配地域

 ( 旧暦 10月 6日)

 「檄」とは、敵の罪悪などを挙げて自分の信義を述べ、衆人に告げる文書(広辞苑)のことで、古来から数々の有名な檄文が残されています。
 台湾では「檄文教典」なる書籍も出版されており、その中に、「奉天討胡檄」なる一文が載せられています。

 「奉天討胡檄」は、天を奉じて胡(えびす:満洲族)を討つという意味の極めて民族意識の強い檄文で、清末の咸豊2年(1852)、湖南と湖北で猖獗を極めた太平天国の乱において、湖南の湘南拡軍の指導者である広西省桂平出身の客家、東王楊秀清(Yang Xiuqing :1821~1856)と広西省武宣県河馬郷出身の西王蕭朝貴(Xiao Chaogui :1820頃~1856)の名で発せられました。

 太平天国の乱(1850~1864)は、広東省広州福源水村出身の客家、洪秀全(hóng xìu qúan:1814~1864)が、キリスト教を基にした宗教教団、拝上帝会を興して天王を自称し、キリスト教の信仰を紐帯とした組織太平天国によって清に反旗を翻して南京を首都と定め、国号を太平天国と称した叛乱です。この乱により、一説には約4,000万人の犠牲者を出したとも云われています。

 

 洪秀全(hóng xìu qúan:1814~1864)

 「奉天討胡檄」のテキストは、初版本と改訂本の二種類があり、ここでは改訂本を基に、東大の東洋史学科で中国近代史を専攻し、博士過程を修了されて金沢大学、富山大学等で教鞭を執られた西川喜久子先生の訳を参考にしてみます。

  真天命太平天國禾乃(かだい:洪秀全と楊秀清の秀を分解したもので、「禾(か)」は稲なので飢饉を救うことができ、「乃(だい)」は救うという意味)師贖病(しょくびょう:庶民に代わって病を贖い人々を救う)主左輔正軍師 東王楊、右弼又正軍師 西王簫、天を奉じて胡を討たんが為に、四方に檄す。すなはち曰く、

 嗟(ああ)爾(なんじ)有眾(ゆうしゆう:人々)よ、明らかに予が言を聽け。予惟(おも)ふに天下なる者は上帝(中国)の天下にして、胡虜(こりよ:満洲族)の天下に非(あら)ざる也。衣食は上帝の衣食にして、胡虜の衣食に非(あら)ざる也。子女民人は上帝の子女民人にして、胡虜の子女民人に非(あら)ざる也。
 ああ、汝、有衆、明らかに予が言を聞け。予が思うに、天下は中国の天下であって胡虜(北方異民族:清)の天下ではない。衣食は中国の衣食であって胡虜の衣食ではない。子女人民は中国の子女人民であって胡虜の子女人民ではない。
 
 自ら慨(なげ)くに滿洲毒を肆(ほしひまま)にし、中國を混亂し、而して中國を以て六合(天地と四方)の大(広い)、九州(中国全土)の眾(しゅう:庶民)、一に其の胡の行(おこな)ひに任(まか)し、而して恬(てん)として怪(あやし)むを為さずは、中國尚ほ人有りと為すを得べけん乎。妖胡の虐燄(暴虐の炎)蒼穹を燔(こが)し、淫毒宸極(しんきよく:天子の住居)を穢(けが)し、腥風(せいふう:生臭い風)四海に播(ま)く。妖氣五胡(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌)に於いて慘たり、而も中國の人、反(かへ)りて首(こうべ)を低くし心を下だして、甘んじて臣僕と為ること、甚(はなはだ)しき哉。中國の人無き也。

 しかるに嘆かわしいことに、満洲(清)が毒手をほしいままにして中国を混乱させて以来、中国の広大な国土と多くの人民を挙げて胡(清)の横行にまかせ、平気で怪しまないのは、中国に人ありと云えようか。
 満洲族が中国に毒を流してから、暴虐の炎が天空をこがし、淫乱の毒は天子の住居を穢し、生臭い風(夷狄は野蛮で禽獣に近いから生臭いとされていた)が国内に吹き荒れ、妖気は五胡十六国(304~439)よりも残虐である。しかるに中国の人はかえって卑屈に首(こうべ)を垂れ、へりくだり甘んじて家来となっている。甚だしきかな、中国に人無きや。


 夫れ中國は首(かうべ)也、胡虜は足也。中國は神州也、胡虜は妖人也。中國を名づけて神州と為すは何ぞ。天父なる皇上帝は真神也、天地山海、是れ其の造成すなり、故に從前(じうぜん:これまで)以て中國を神州と名づくる也。胡虜を目(見る)して妖人と為すは何ぞ。蛇魔なる閻羅(えんま)は妖邪鬼也。韃靼(だったん:蒙古)は妖胡を慨(なげ)くを肆(ほしいまま)に、惟だ此れを敬拜す。故に當今妖人を以て胡虜と目(見る)す也。

 そもそも中国は首(こうべ)であり、胡虜(北方異民族:清)は足である。中国は神州、胡虜は妖人である。中国を神州と名づけるゆえんは何故か。天上なる皇上帝は真神であり、天地山海を造ったので、古来から中国を神州と名付けてきたのだ。胡虜を妖人と云うのは何故か。蛇魔なる閻羅(えんま)は妖邪鬼であり、韃靼(だったん:蒙古)の妖胡はただこの妖邪鬼のみを敬い拝す。だから今は胡虜を妖人と云うのだ。

 昭和11年(1936)の2・26事件の際の蹶起将校の檄文である蹶起趣意書には、

 謹ンテ惟(おもんみ)ルニ我カ神州タル所以(ゆえん)ハ万世一神タル天皇陛下御統帥ノ下ニ挙國一體生々化育ヲ遂ケ終ニ八紘一宇ヲ完(まっと)フスルノ國體ニ存ス。

 とありますから、同じ神州という表現でも、国や時代や立場によって様々なものがありますねえ。

 奈何(いかんぞ)足反(かへ)りて首を加へ、妖人反(かえ)りて神州を盜み、我を驅りて中國をして悉(ことごと)く妖魔と變ず。南山(長安の南方にある終南山)の竹簡を罄(むな)しくし、地に滿てる淫污(いんお:みだらで汚れたもの)は寫(うつ)し盡くせず、東海の波濤を決して、天の罪孽(ざいげつ:災い)を洗ひ凈(きよ)めずや。予謹みて按ずるに其の人間(じんかん:世の中)に彰著(顕著:あきらか)なるは、約略して之を言ふ。

 しかるに如何せん、足がかえって首を加え、妖人がかえって神州を盗み、わが中国を駆り立ててことごとく妖魔に変えてしまった。
 南山の竹簡を使い果たしても、地に満つる汚れを書き写し尽くすことはできず、東海の波濤を流し込んでも、天に広がる悪災を洗い浄めることはできない。予は謹んで、世間に明らかな事実を取り上げてあらましを述べよう。


 つづく

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Posted by 嘉穂のフーケモン at 10:21│Comments(0)歴史/北東アジア
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