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2007年12月24日

日本(32)-旧帝国陸海軍の核兵器開発(4)

 日本(32)-旧帝国陸海軍の核兵器開発(4)

 Alpha particles may be completely stopped by a sheet of paper.
 Beta particles by aluminum shielding.
 Gamma rays, however, can only be reduced by much more substantial obstacles, such as a very thick piece of lead.

 (旧暦 11月 15日)

 日本(31)-旧帝国陸海軍の核兵器開発(3)のつづき

 ハンガリー生まれのユダヤ人物理学者レオ・シラード (Leó Szilárd, 1898~1964)が、昭和8年(1933)9月12日、亡命先のロンドンのサザンプトン街の交差点で思いついた中性子による核分裂の連鎖反応は、アイデアとしては画期的なものでしたが、現実にはまだ中性子の衝突で分裂するような自然界に存在する元素は発見されていませんでした。

 だいいち、電気的に中性である中性子(neutron)でさえ、前年の昭和7年(1932)にケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所(Cavendish Laboratory)のイギリス人物理学者ジェームズ・チャドウィック(James Chadwick, 1891~1974)がその存在を実験的に証明し、ようやく確認されたばかりでした。

 大正9年(1920)、ケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所(Cavendish Laboratory)の所長アーネスト・ラザフォード(Ernest Rutherford, 1871~1937)は、その論文 ˝Nuclear Constitution of Atoms˝ Proc. Roy. Soc. A, 97, 374 (1920). の中で、当時はまだ知られていなかった2つの核、すなわち水素の同位体とみなすべき質量2、電荷1の核(an atom of mass nearly 2 carrying one charge)と質量1、電荷0の核(an atom of mass 1 which has zero nucleus charge)が存在する可能性を示唆しました。
 これらは現在、重陽子(deuteron;質量2、電荷1)および中性子(neutron;質量1、電荷0)として知られています。

 ラザフォードは、質量1、電荷0の核について、以下のように書いています。

 Such an atom would have very novel properties. Its external field would be practically zero, except very close to the nucleus, and in consequence it should be able to move freely through matter. Its presence would probably be difficult to detect by the spectroscope, and it may be impossible to contain it in a sealed vessel.
˝Nuclear Constitution of Atoms˝  Proc. Roy. Soc. A, 97, 374 (1920).


http://web.lemoyne.edu/~giunta/ruth1920.html

 このような原子は、全く奇妙な性質をもつであろう。それの作る場は、核にごく接近した場所をのぞいては、無いに等しいであろう。したがって、それは物質中を自由に通り抜ける能力を持っているに違いない。そのような原子の存在が分光学によって検出にされることは、おそらく困難であろう。またそれを密封した容器に閉じこめることは不可能であろう。
 E.ラザフォード 「原子の核構造」より
 その後、ラザフォードの研究室では、水素中の放電過程でそのような核を見出そうとする試みが行われましたが、成功しませんでした。

 昭和5年(1930)、ドイツのギーセン大学物理学教授ワルサー・ボーテ(Walther Wilhelm Georg Bothe、1891~1957)は、H・ベッカー(H.Becker)と共同して、自然界に存在し、強いアルファ線を放出するするポロニウム(Po)のアルファ線をいくつかの軽い元素に当てた際に、ベリリウム(Be)、ホウ素(B)、リチウム(Li)からは、厚い鉛の層をも透過する強い放射線が放出されることを発見しました。

 ところが、Th(トリウム)(C+C’)からの最も透過力の強いガンマ線は、1.5㎝の鉛の層で半減されるのに対し、ベリリウム(Be)からの放射線は、鉛の層で半減する厚さは5㎝でした。もし、この放射線が高エネルギーのガンマ線ならば、そのエネルギーは5MeVもの高エネルギーを持つものと推定されました。

 昭和6年(1931)、この放射線に関する実験で、かの有名なキュリー夫人の娘のイレーヌ・ジョリオ=キュリー(Irène Joliot-Curie、1897~1956)と夫のジャン・フレデリック・ジョリオ=キュリー(Jean Frédéric Joliot-Curie、1900~1958)は、ベリリウム(Be)からの透過放射線の強さを測定している電離箱の前に、水素を含んだ物質層、たとえばパラフィンの板を置くと、電離箱の中の電流が急激に増加すると云うことを発見しました。
 ウィルソン霧箱の実験では、この強い透過性を持つ放射線が水素あるいは水素を含む物質中を通過する場合に、長さ26㎝に達する飛跡をもつ反跳陽子を作ることを示していました。

 しかし、水素の中の反跳陽子が、ガンマ線と水素原子核の衝突の結果発生したと仮定するならば、26㎝の飛跡をもつ陽子を作るためには、ガンマ線のエネルギーは5MeVではなく、50MeVでなくてはならず、ガンマ線仮説とは一致しなくなっていきました。

 この矛盾を解決したのが、ケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所(Cavendish Laboratory)のイギリス人物理学者ジェームズ・チャドウィック(James Chadwick, 1891~1974)なのでした。

 どんどんつづく (いつになったら、帝国陸海軍が出てくるんや‼ )
 う~ん、まだまだ! 



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Posted by 嘉穂のフーケモン at 21:17│Comments(0)歴史/日本
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