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2007年07月07日

となり村名所あんない(29)-江東村(1)-旧商船学校

 

 東京海洋大学越中島キャンパス構内の明治丸

 (旧暦  5月23日)

 照りもせぬ曇りもせぬ 春のおぼろ月
 いたずらに去り行く 人生の春を嘆く
 乙女ならずも耳を傾けて 聞くであろう
 さらば歌わん我等が唄を 白菊の歌
 
 かすめるみ空に消えのこる おぼろ月夜の秋の空
 身にしみわたる夕風に 背広の服をなびかせつ

 紅顔可憐の美少年が 商船学校の校内の
 練習船のメンマスト トップの上に立ち上り

 故郷の空を眺めつつ ああ父母は今いずこ
 我が恋人は今いかに 少年左手(ゆんで)に持つものは

 月の光に照らされて 傍(かたえ)の友に語るよう
 もとこのものは故郷(ふるさと)の 外山(とやま)のかげに咲き残る

 後(おく)れ咲きたる白菊を 吾れ故郷(ふるさと)を出(い)づる時
 君が形見と贈られし 真心こめしこのしおり

 海山遠くへだつとも 彼が形見を思い出(い)で
 朝な夕なにながめつつ いわんとすれど悲しやな

 (旧商船学校 白菊の歌)


 旧商船学校の白菊の歌は有名な歌で、私「嘉穂のフーケモン」も若かりし頃あこがれて歌っておりましたが、お袋から「商船学校だけはだめだ」と大反対され、やむなく札幌の農学校に進路を変更した懐かしい思い出があります。
 隅田川水上バスに乗ってユラユラと永代橋をくぐり、越中島と月島(旧佃島)の間の相生橋を抜けると、左手の陸上に帆船が見えてきます。
 この帆船は、旧東京商船大学(東京海洋大学越中島キャンパス)の構内に陸上固定された明治丸という船で、現存する日本最古の鉄船だそうです。

 明治新政府は洋式灯台建設のため、灯台位置の測量、資材の運搬、保守管理に使用する灯台船を必要とし、英国に発注しました。
 明治6年(1873)、英国グラスゴーのネピア造船所に発注された明治丸は、明治7年(1874)に竣工して翌明治8年(1875)2月に横浜に回航されました。
 
 明治丸は当時の優秀船であったため、灯台船としての通常の業務の外、様々な任務に従事し、特に明治9年(1876)7月16日には、明治天皇の東北、北海道巡幸に際して青森から函館までの座乗船として使用され、さらに同月18日からは函館から横浜までの帰路に使用されました。

 明治29年(1896)、明治丸は商船学校へ譲渡され、明治31年(1898)、それまでの2檣Topsail Schooner型から3檣Ship型帆船に改装されて、以後係留練習帆船となりました。
 昭和20年(1945)、進駐軍に接収されるまでの約50年間、毎朝の甲板掃除や運用実習の授業に活用され、昭和39年(1964)に商船教育の伝統を象徴する記念船として、旧東京商船大学構内の一角に陸上固定されました。

 昭和53年(1978)、造船技術史上の貴重な遺例として国の重要文化財に指定され、昭和55年(1980)度から8年計画で文化庁及び旧東京商船大学の協力により保存修復及び基盤整備の工事が行われ、昭和63年(1988)に竣工しています。
 ◎長さ 73.8m ◎幅 8.9m  ◎総トン数 1,037.2トン

 しか~し、若き日の「嘉穂のフーケモン」があこがれた120年以上の歴史を持つ東京商船大学も、平成15年(2003)に東京水産大学と統合して、港村に本部を置く東京海洋大学(Tokyo University of Marine Science and Technology)となってしまいました。

 東京商船大学の後身の海洋工学部では、船舶職員の養成とロジスティクス(兵站)の研究がメイン、東京水産大学の後身の海洋科学部では水産、食品についての研究がメインとなっているそうです。

 Logistics is that part of the supply chain process that plans, implements, and controls the efficient, effective flow and storage of goods, services and related information from the point of origin to the point of consumption in order to meet customers' requirements.

 ところで、この東京海洋大学に籍を置く例のクジラ博士の◎藤教授によれば、客員准教授の「さかなクン」の研究室は本学にはなく、バーチャル(virtual:仮想)な存在だそうです。

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Posted by 嘉穂のフーケモン at 23:00│Comments(0)となり村名所あんない
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