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2005年03月16日

陶磁器(3)−白磁刻花蓮花文洗(宋代/定窯)

  

 劃花纏枝蓮紋葵瓣口碗 宋 定窯 高6.8cm 口径19.2cm 足径5.7cm

 (旧暦  2月 7日)
 
 北京から京漢線(北京〜漢口)に沿って走るハイウエイで南西に向かって約250kmほど行くと、河北省曲陽県に定州市があります。
 この地は、晩唐から五代十国(907〜960)のころは、中原防衛の重要拠点であったため、たびたび戦禍にみまわれ、街は何度も焼き尽くされましたが、北宋が統一を果たすと、交通の要衝にあるため、人馬文物が往来して商工業が発展しました。

 この街に、宋の五名窯の一つである定窯と呼ばれる白磁の技術が発達しました。

 磁器の色は、胎土(陶磁器の素地となる土)と釉薬の成分で決まるとされていますが、鉄や銅などの不純物が含まれていると、焼成したときに発色して白くならないので、鉄分を取り除く精錬と不純物を含まない素地を練り上げることに大変な技術がいるようです。
 すぐ近くの邢州では、このころまでにすでに白磁は邢州窯とのブランドが定着していましたが、胎土の肉厚が厚く、日用雑貨として使われているにすぎなかったようです。
 
 定窯の新しい技術は、胎土の肉厚を薄く仕上げ、花や動物の文様を、劃花(彫刻)、印花(型押し)したことにありました。
 これが評判になって、朝廷直営・門外不出の官窯に取り立てられました。

 白磁ですが、全体に黄色味を帯びていることから、牙白(象牙色)と呼ばれます。
 『定窯では、窯の燃料に石炭が用いられたので、「薪」と比べてどうしても焔が短く、酸化気味の焼焔となるために、わずかにふくまれている釉中の鉄分が淡い黄味になって作用する』との説が定説になっていましたが、科学技術が発達したため、素地や釉薬を化学分析したところ、チタンが検出されたとの事です。

 有田焼の源右衛門窯(佐賀県西松浦郡有田町丸尾2726番地)の金子昌司氏によれば、『実は、源右衛門窯の黄白磁釉も、先代の指示で「定窯」の釉薬を再現するために調合したもので、薪窯の還元焼成で黄色を出すためにチタンを配合しています。今回の訪問で、「定窯」の釉薬に関しても燃料の違いによるものではないという確信を得ることができました。』と述べておられます。

 ところでこの定窯も、北宋の第8代徽宗皇帝(1082〜1135)に、「芒アリ。用イルニ堪エズ」として嫌われ、急速に衰えました。
 定窯の白磁は胎土が薄く、覆焼(ふせやき)つまり裏返しにして焼かないと形が崩れるので、台と接触する口縁に釉薬が乗らず、ザラザラした感触が残ります。そのため、口縁に銅や銀を巻くようにしていましたが、それでも徽宗の好みに合わず、「芒アリ」としてけなされてしまったためでした。

 期間が短かったために、世界的にも数が少ないようですが、故宮博物院には36点と世界一の所蔵量を誇り、また日本にも伝わって、大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の白磁刻花蓮花文洗(はくじこっかれんかもんせん)は、重要文化財に指定されています。
 http://abc0120.net/words01/abc2009032023.html

 アイボリーホワイトがとってもきれいですね。

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Posted by 嘉穂のフーケモン at 21:52│Comments(0)陶磁器
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