さぽろぐ

  文化・芸能・学術  |  札幌市中央区

新規登録ログインヘルプ


2005年01月27日

国立故宮博物院(1)−『翠玉白菜』

  

 The Jade Cabbage, formerly at the Forbidden City and now at the National Palace Museum, Taipei from Wikipedia.

 (旧暦 12月18日) 

 實朝忌

 『翠玉白菜』は、天然の緑の翡翠と白の翡翠が混合した原石を、巧みに利用して作られた繊細な彫刻で、翠玉巧彫の最高傑作と言われています。
 故宮博物院(台北)に来たら絶対に見逃せない収蔵品の一つです。

 私「嘉穂のフーケモン」も、平成10年(1998)11月、経団連主催の企業研修の一環として、モンスーンで大荒れの東シナ海を香港から郵船クルーズの客船「飛鳥」で横断し、台湾の基隆港に上陸して早速見学に行きました。

 『翠玉白菜』は、もともとは北京の紫禁城永和宮に陳列してありました。
 永和宮とは清朝の末期に、清朝第11代皇帝・光緒帝(1871〜1908)の妃「瑾妃」が住んでいた宮殿で、『翠玉白菜』は「瑾妃」が光緒帝の秀女として参内してきたときに共に永和宮へやって来ました。

 永和宮では花形の小さなエナメル製の器に陳列してあり、またより美しく見せるために根元のところに小さな赤い珊瑚霊芝をあしらえてありました。
 白菜は清廉潔白を象徴し、葉の緑色の部分には螽斯(しゅうし:キリギリスまたはイナゴ)が数匹とまっていますが、螽斯(しゅうし)は繁殖力が旺盛なことから子孫繁栄の象徴です。

 

 本来白菜の上にとまっている虫は二匹のキリギリスだと思われていましたが、最近、故宮博物院が特別に有名な昆虫学者に鑑定を依頼して研究を行った結果、一匹がキリギリス、もう一匹がイナゴだとわかりました。

 光緒帝はこの玉を「清々白々」(高潔な人格)と呼んで手元におき、愛しんだそうです。

 光緒帝の妃の中には姉妹がいて、姉を「瑾(きん)妃」、妹を「珍妃」といいました。
 「瑾妃」と「珍妃」は、同時に光緒帝の妃となりましたが、「瑾妃」は丸い顔だったので、あだなを「月餅」と呼ばれていました。

 8カ国連合軍が北京に侵入した光緒26年(1900)、「珍妃」は光緒帝が進めていた改革を支持し、西太后(1835〜1908)(清朝第9代皇帝・咸豊帝の貴妃)の恨みを買い、2年間の幽閉の後、宦官2人に頭から寧寿宮脇の井戸に落とされ、溺死させられました。25歳でした。

 その井戸は「珍妃の井」と呼ばれ、現在も紫禁城寧寿宮の片隅にひっそりと残っています。

あなたにおススメの記事

同じカテゴリー(国立故宮博物院)の記事画像
国立故宮博物院(9)−崑崙天柱墨
国立故宮博物院(8)ー鵲華秋色圖
国立故宮博物院(7)-新莽嘉量
国立故宮博物院(6)−毛公鼎
国立故宮博物院(5)−大禹治水図玉山(2)
国立故宮博物院(4)−大禹治水図玉山(1)
同じカテゴリー(国立故宮博物院)の記事
 国立故宮博物院(9)−崑崙天柱墨 (2013-06-29 21:57)
 国立故宮博物院(8)ー鵲華秋色圖 (2012-11-04 15:12)
 国立故宮博物院(7)-新莽嘉量 (2007-12-30 13:59)
 国立故宮博物院(6)−毛公鼎 (2006-04-16 23:23)
 国立故宮博物院(5)−大禹治水図玉山(2) (2005-09-17 17:26)
 国立故宮博物院(4)−大禹治水図玉山(1) (2005-09-16 20:01)
Posted by 嘉穂のフーケモン at 00:36│Comments(0)国立故宮博物院
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
国立故宮博物院(1)−『翠玉白菜』
    コメント(0)