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2005年01月08日

日本(4)-平成スタート

 

 新しい「平成」の元号を記者会見で紹介する当時の小渕官房長官

 (旧暦 11月28日)

 昭和64年(1989)1月7日午前6時33分、裕仁天皇の崩御を受けて、同日午後の臨時閣議で次の元号を「平成」と決定、翌8日から新しい元号が用いられました。

 亡くなった小渕総理が当時官房長官として、新しい「平成」の元号を記者会見で紹介したことを記憶されている方も多いと思います。
 「政令」により定められた日本で初の元号で、それ以前は「勅令」だったんですね。

 日本最初の元号「大化」以来247番目だとのことですが、231番目という説もあり、途中、南北朝の時代もあったりしたので、正式には何番目なんでしょうかね?
 元号の由来は、前漢の武帝の治世の紀元前115年ごろに、統治の初年にさかのぼって「建元」という元号が創始されたことに始まるようですが、明の太祖(朱元璋)が、皇帝の代ごとに改元する一世一元の制を制定し、1911年に辛亥革命によって清が倒れると元号は廃止されました。

 その後、中華民国が建国された1912年を元年とする「中華民国紀元」の「民国」という元号や、1916年に袁世凱が帝制を敷いたときには「洪憲」という元号を用い、満州国が1933年に独立すると「大同」という元号が定められ、1934年に溥儀が皇帝になると「康徳」と改元され、1945年の滅亡まで続きました。

 元号は、中国や朝鮮ではすでになくなってしまい、日本だけがこの伝統を守っています。

 元号「平成」の典拠は、【史記五帝本記】の「内平外成」(内平かに外成る)、および【書経大禹謨(だいうぼ)】の「地平天成」(地平かに天成る)から引用されたものです。

 ちなみに、

 「昭和」の典拠は【書経堯典】から「百姓昭明、万邦協和」
 国民の平和と世界の共存繁栄を願っ たもの

 「大正」の典拠は【易経】から「大享以正天之道也」 (大亨は以って正天の道なり)
 天が民の言葉を嘉納し、政 (まつりごと)が正しく行われる

 「明治」の典拠は【易経」から「聖人南面而聴天下、嚮明而治」(聖人南面して天下 を聴き、明に嚮(むか)いて治む)
 聖人が南面して政治 を聴けば、天下は明るい方向に向かって治まる

と解されています。

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Posted by 嘉穂のフーケモン at 10:30│Comments(0)歴史/日本
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