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2013年03月20日

やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 Elizabeth Barrett Browning (1806〜1861)

 (旧暦2月9日)

 もう、なんやねん、この強い風は!
 このところの日本列島は、日本海を低気圧が通過して猛烈な南風が吹き荒れる日がよくありますが、これも春の到来を告げる特有の天候なのだとか。

 イギリスでも3月には、時を定めず猛烈な風が吹いて、それを“ March winds”と呼んでいるそうですが、かのビクトリア朝(1837〜1901)の詩人、ロバート・ブラウニング(Robert Browning,1812〜1889)の妻で、第14代桂冠詩人(Poet Laureate)の候補者でもあったエリザベス・バレット・ブラウニング(Elizabeth Barrett Browning、1806〜1861)の ‘The Poet's Vow’ には、次のような一節があります。

 XIII.
 “ Poor crystal sky, with stars astray;
    
 Mad winds, that howling go

 From east to west; perplexed seas,

 That stagger from their blow!

 O motion wild! O wave defiled!

 Our curse hath made thee so."
 −Elizabeth Barrett Browning :The Poet's Vow.


 さ迷える星々の貧弱な透き通った空を
 狂った風がうなりながら行く
 東から西へと。当惑した海が
 その風によろめく。
 ああ 動きは激しく、ああ 波は汚された。
 我らがたたりは、汝をそうさせた。
 −エリザベス・バレット・ブラウニング:「詩の誓約」
 (嘉穂のフーケモン 拙訳)

 
 1930年から1967年に死去するまで、イギリスの桂冠詩人(Poet Laureate)として任命されていたジョン・エドワード・メイスフィールド(John Edward Masefield, OM, 1878〜1967)は 、かつて船員であった経験から、海に関する詩を数多く残していますが、その中に ‘Cargoes’(積み荷)という詩があります。

 やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 John Edward Masefield, OM, (1878〜1967)

 Quinquireme of Nineveh from distant Ophir,
 Rowing home to haven in sunny Palestine,
 With a cargo of ivory,
 And apes and peacocks,
 Sandalwood, cedarwood, and sweet white wine.


 遠いオフィールからのニネヴァの五段櫂船が、
 日当たりの良いパレスチナのふるさとの港へ漕ぎながら、
 象牙の積み荷、 
 そして猿とクジャク、
 ビャクダン、シダーウッドと甘い白ワインを満載して。


 Stately Spanish galleon coming from the Isthmus,
 Dipping through the Tropics by the palm-green shores,
 With a cargo of diamonds,
 Emeralds, amythysts,
 Topazes, and cinnamon, and gold moidores.

 
 イスムスからやってくる堂々としたスペインのガレオン船が、
 パームグリーン海岸のそばの回帰線を下って、
 ダイヤモンドの積み荷、
 エメラルド、紫水晶、
 トパーズとシナモン、そしてポルトガル金貨を満載して。


 Dirty British coaster with a salt-caked smoke stack,
 Butting through the Channel in the mad March days,
 With a cargo of Tyne coal,
 Road-rails, pig-lead,
 Firewood, iron-ware, and cheap tin trays.
 −John Masefield : ‘Cargoes’


 塩のこびりついた煙突の汚い沿岸航行船が、
 狂った3月の日にイギリス海峡を突き抜けて、
 タイン炭の積み荷、
 軌条、鉛塊、
 たきぎ、金物、そして安いブリキのお盆を満載して。
 −ジョン・メイスフィールド :「積み荷」
 (嘉穂のフーケモン 拙訳)


 イギリスでは王室が選ばれた詩人に桂冠詩人の称号を与え、この桂冠詩人が王室の慶弔の詩を読むことになっており、現在も続いています。
 古代ギリシャでは、月桂樹はアポロ神に捧げられ、詩人と英雄のための名誉の冠またはリースを作るのに用いられました。
 後にこの習慣は、14世紀初めに悲劇『エケリニス』を著した北イタリアの都市パドヴァのアルベルティーノ・ムッサート(Albertino Mussato, 1261〜1329)のために復活し、1341年4月8日にはローマのカンピドリオの丘の上の中世の元老院において、著名な詩人・学者であったフランチェスコ・ペトラルカ(Francesco Petrarca, 1304〜1374)に与えられています。
 やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 吉野山の山上から金峯山寺方面を見渡した開花時期の景観

  紀貫之
 み吉野の吉野の山の春がすみ 立つを見る見るなほ雪ぞふる

                  
 さて本題に戻りますが、この歌は、『風雅和歌集』巻第一春歌上、『夫木和歌抄』巻第一初春、また、『貫之集』第四に載せられている歌です。

 やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 紀貫之(菊池容斎・画、明治時代)

 先般亡くなった丸谷才一の『新々百人一首』上巻、春の項のこの歌の解説によれば、『八雲御抄』巻第五名所部山の、

 よしの(大和芳野)(岩のかけ道。そでふる山これをいへり。みよしの。花。霞。雲。霧。月。雪。松。瀧。みよしのゝまきたつ山といへるもよしの也)

 との一節を紹介して、次のように述べています。

 花から瀧まではこの歌枕にあしらふ景物だが、一つだけではなく二つを使ってにぎやかに仕立てるといふ工夫があった。たとへば、

                            読人しらず
 み吉野の吉野の山のさくらばな 白雲とのみ見えまがひつつ


は花と雲である。そして、

                            読人しらず
 春がすみ立てるやいづこみ吉野の 吉野の山に雪はふりつつ


は霞と雪である。

 『春の雪』といえば、昭和45年(1970)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の東部方面総監部2階の総監室で割腹自決を遂げた三島由紀夫の最後の長編小説『豊穣の海』の第一巻を想い出します。

 ちなみに、「豊饒の海」とは、月の海の一つである「Mare Foecunditatis」のラテン語の邦訳からの由来であるとのこと。
 Mare Foecunditatis(豊かの海)は、月の東半球に位置する月の海の一つであり、月の表側にあります。豊かの海は先ネクタリス代(Pre-Nectarian Period、45.5億年前〜39.2億年前)に作られた盆地であり、後期インブリウム代(Upper Imbrian、38億年前〜32億年前)の地層が表面を覆っています。というのも、38億年前に現在のMare Imbrium(雨の海)の場所に巨大隕石が衝突したとされているからです。

 やまとうた(29)−み吉野の吉野の山の春がすみ

 話は変わって、民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空と号した詩人・歌人でもあった折口信夫(1887〜1853)は、その著『花の話』(折口信夫全集 2)のなかで、古代人は、雪は米の花の前兆であり、豊作を知らせる吉兆であると考えたと述べています。

 雪は豊年の貢、と言うた。雪は、土地の精霊が、豊年を村の貢として見せる、即、予め豊年を知らせる為に降らせるのだと考へた。雪は米の花の前兆である。雪を稲の花と見て居る。ほんとうは、山にかゝつて居る雪を主とするのであるが、後には、地上の雪も山の雪と同様に見るやうになつた。稲の花の一種の象徴なのである。

 総計二十一の勅撰和歌集の内六つの集の開巻第一が春雪をあつかったり、ほのめかしたりしています。

 1. 勅撰集 第二『後撰集』 巻頭歌 
  清和天皇の后藤原高子より祝儀として白い大袿を賜わり、お礼として詠んだ歌。大袿はわざと大きめに作ってあるので、蓑の代りとして雨雪をふせぐ「みのしろ衣」と呼びました。

   正月一日、二条の后(きさい)の宮にて、しろき大袿(おほうちき)をたまはりて
                             藤原敏行朝臣
  ふる雪のみのしろ衣うちきつつ 春きにけりとおどろかれぬる
                             後撰集   巻一 春上


 2. 勅撰集 第八『新古今集』 巻頭歌 
  暦の上でも春になったし、目に見える世界でも春のきざしの吉野山の霞も立っていると解され、三代集(古今集・ 後撰和歌集・拾遺集)時代の和歌の伝統的な発想であるところの、春の最初のきざしは吉野山に霞がかかることによって知られるという和歌の世界の常識によって詠まれたものと大阪市立大学名誉教授増田繁夫先生は解説されています。

   春たつ心をよみ侍りける          摂政太政大臣
  み吉野は山もかすみて白雪の ふりにし里に春はきにけり
                             新古今集  巻一 春上


 3. 勅撰集 第十三 『新後撰集』 巻頭歌
  大和の西境にあたる龍田山の龍田姫が秋の女神とされたのに対し、平城京の東側に位置した佐保山の佐保姫は春を司る女神とされました。

   ふる年に春立ちける日詠み侍りける      前大納言爲氏
  佐保姫の霞のころも冬かけて 雪げの空に春はきにけり
                             新後撰集  巻一 春上


 4. 勅撰集 第十七 『風雅集』 巻頭歌

   春たつ心をよめる              前大納言爲兼
  足引きの山の白雪けぬがうへに 春てふ今日は霞たなびく
                             風雅集   巻一 春上


 5. 勅撰集 第十八 『新千載集』 巻頭歌
  まきむく(巻向)は奈良盆地の南東部、三輪山の北西部一帯を指す地名で、現在の桜井市大字巻野内、穴師などを含む旧纏向村の地に当たります。『日本書紀』にはこの地に垂仁天皇の纏向珠城宮(たまきのみや)、景行天皇の纏向日代宮(ひしろのみや)が営まれたとあります。東部の巻向山、南西に流れて初瀬川に合流する巻向川(旧穴師川)は万葉の時代から歌によく詠まれた所として知られています。
                        俊成
  春や立つ雪げの雲はまきもくの 檜原に霞たなびきにけり
                             新千載集  巻一 春上

 6. 勅撰集 第二十一 『新續古今集』 巻頭歌
                        雅縁
  春きぬといふより雪のふる年を 四方にへだてて立つ霞かな
                             新續古今集 巻一 春上



 今年も立春の2月4日をすぎてから、東北地方や北陸地方では記録的な大雪が降り、3月3日には、北海道湧別町で軽トラックで出かけたまま連絡がとれなくなった親子が雪に埋もれて倒れた状態で見つかりましたが、これだけの大雪が降れば、きっと今年は大豊作でなければならないと願うのは私「嘉穂のフーケモン」だけではありますまい。

   題しらず                 よみ人しらず
  春霞 立てるやいづこ み吉野の 吉野の山に 雪は降りつゝ
                             古今集  巻一 春上


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